失われた音を求めて

 「早く行くよ。僕もう自転車に乗って用意してるから」五歳になる息子の晴海(はるみ)が玄関口で待っていた。妻は「私、一緒に待ってるから」と言って着替えて足早に玄関口へ行った。私は服を着替えるのが遅く、たいていこんな具合で二人を待たせることになる。これまで、証券会社に勤めていたのだが、仕事の最中に身体が動かなくなることが何度もあった。睡眠不足でストレスがたまっていたのも確かである。病院で診察を受けた後「あなたには短期間の休養が必要です」と言われた。妻と話し合った後、三ヶ月の病気休暇を貰うことになった。「あなたには外の光を浴びて、感情を出すことが大事なんだと思う」と妻は言った。

 着替え終わり、三人で長く住んでいる山の上の住宅街の中を散歩することになった。息子はトレーニングバイクに乗り足で地面を蹴りまっすぐ前を向かって走って行った。妻は「こんなふうに三人で散歩するなんてほとんどなかったね」と横で言った。私は頷きながら空を見た。春の空が一面に広がっている。看板があった。「森の農園」と書かれてあった。息子は「こんな道知ってた?」と自分だけの秘密の場所を自慢げに見せた。「まあ、こんなところに分かれ道があったなんてね。『森の農園』って何でしょうね。妻が言った。左手に行くように看板に矢印が書いてあった。息子は「こっちだよ」と先頭を走った。奥に農園が見えた。いちごを栽培しているらしい。通りがかりに何人かの子供たちとすれ違った。いちご狩りを終えて帰って来る家族連れともすれ違い、軽く挨拶を交わした。「晴海はね、あなたに教えたいと前から思ってたのよ。前に幼稚園でね。いちご狩りにここに来たんだって」。農園の近くに来ると、さらに山道を登る道と下る道が見えてきた。農園の入り口で大学生ぐらいの青年が立っていた。私は少し苦しくなり座り込んだ。薬の副作用が原因なのか、時々出る症状には慣れていた。私がかがんでいる横で、晴海と妻と青年は何かを話していた。しばらくの間だった。「さようなら」と妻が言った。晴海は「ばいばい、お兄ちゃん」と言った。


   

                                 

 

 「どこまで、見えるのか。霧なのか、空白なのか」未可流はゆっくりとつぶやいた。そしてしばらく声を失った。そして、聴き取れないような声で「世界が終わった」とつぶやいた。沈黙が沈黙に向けて根を張るように広がっていく。未可流は赤ん坊が初めて歩き出すように恐る恐る歩いた。つたない歩き方は急に足下をすくわれ時々泥の中に埋没しそうになった。もうすぐ二月になる。身体が硬直するほど寒い。沈黙が沈黙に向けて根を張るように広がっていく。荒涼とした風景が眼前に広がっていた。
 数日前に大型地震が起こり、その後津波が発生し、海沿いの家々がほぼすべて波に流されたのだ。未可流は故郷を失った。「両親も津波にさらわれて亡くなったことだろう。たぶん。いや、避難所にいるかもしれない」未可流はそう思ったが、両親の安否など、もはやどうでもよかった。「すべてを失ったんだ。僕はそれを確かめに大学から数時間かけてここにやってきたんだ」未可流は思った。倒壊した家々の屋根近くまで汚れている泥水の形跡を見ると、津波の水位がどれ位まで高くなったのかが想定される。何十年か前に災害が起こったということは未可流が小学生の頃学校で社会の時間に若い教師が言っていた。家々は泥水で全面的に倒壊し、一ヶ月前の姿は全く残っていなかった。どこが道なのかまるで解らない。

 避難所から数日後に来て自分の家の中に入り込んでいる泥をショベルでかき分けている人が数人いる。自分の家があったであろう所をただただ見ながら泣いている女性がいる。子供はどこにもいない。未可流は自分が住んでいた家に向かっていた。「荒廃し、方向が解らないながらも、自分が今どの位置にいるのかが身体的に確認することができた。未可流はゆっくりと、泥の中を通り、瓦礫を避けて歩いた。両親と住んでいた家に向かっていた。最近家に帰っていなかったから、半年ぶりになる。気づくと、必死になって歩いていた。走れるものなら走りたかった。しかし、地面の泥と段差のせいで思ったように進むことができない。
 歩いているうちに、未可流は手足が震えてきた。立ち止まり、呆然と立ち尽くしていた。少し目眩がして前屈みに倒れるようになった。 自分が住んでいた家は、外から見たら大きな損傷はなかった。しかし、中に入ると、部屋の中は元の状態を想像できないほど倒壊していた。泥水がひいた後である。吐き気を催す匂いがした。「小さな頃から、自分はこの家に住んでいたんだ」未可流はそう思った。家があった場所はほとんどが水に濡れ泥で干からびた何物かに変わっていた。時間が止まっているように感じた。未可流は泥から見えた木を見つけた。泥がまとわりつき、すくい上げることに時間がかかったが、父親が趣味で油絵であった。大きさは八号ぐらいの小さなサイズで、手に持てる大きさだった。比較的透明な水たまりで表面を洗い、映し出された絵には、穏やかな、家から見えた海の風景が描かれていた。

 未可流は拾った父がキャンバスに描いた絵を持ち、細い道をつたい、山手の方に向かって歩き始めた。坂道の途中に災害の痕跡が残っていた。どの高さまで津波が来ていたのかが分かった。坂を登り切り、神社を境界として山の茂みに入って行くことができる。未可流は小さな頃、一人で山へ登ったことがある。それからどれだけの時間がたったのだろう。未可流はひたすら歩いた。何も考えないように。時々小さな頃の記憶が蘇って来た。夏休みには砂浜で両親といっしょに花火をするのが楽しかった。未可流は荒涼とした風景から少しずつ離れていくことが分かった。坂道は細くなり、山の茂みの中に誘うように未可流を暗闇の方へ誘った。靴擦れを起こし、足の裏が腫れてきているのが分かった。「まだ歩ける」そう自分に言い聞かせた。周囲が暗くなり、所々にキノコが生えていた。ここから奥へは入っていったことがない。少し気持ち悪かったが、入ったことがない山の中で、身体が包まれているような気持ちになった。
 一歩ずつ足を前に出すごとに、「ミシミシ」と音がした。地面が濡れている。山を登っているというよりも、森の茂みをかき分けて歩いてきた。
「外は晴れているんだろうか」独り言を言いながら、頭の上を見た。高い木々がそびえ立つせいで空までははっきりと見えないが、鳥が飛んでいる様子から「晴れているだろう」と判断した。


 未可流はそう思うと、このまま行方不明でもなって、見つかることなく山で飢え死にするのも悪くないような気分になった。
 足場の悪い暗がりを歩いていると、なぜか気持ちが落ち着いた。暖かく許されているような、そんな心地である。草や木の香りがした。しばらくして未可流は気がついた。未可流は山の中に入りながら、ふもとに沿って奥へと歩いていたのだ。そんなことに気づいた自分に未可流は少し戸惑った。数分あるいた先に、水の音が聞こえてきた。水の音に未可流は惹かれた。葉などに擦れて手足が痛みを伴ったかゆみでつらかった。未可流にとって必死に歩くことだけが、すべてを忘れられるように思えた。「もう、元へは戻れない。どこから入ってきたのかも分からないし、あたりはこんなに真っ暗だ。」未可流は山の静けさと畏れを感じ取っていた。


 ずいぶん歩いてきた。当たりは物音ひとつ聞こえない。暗闇にも慣れてきた。まだ外は昼間なんだろうが、晴れているのか雨なのかすらわからなかった。水の音はしだいに大きくなってきていることに気がついた。音がする方向へと必死に歩いて行った。すると前方に光が差し、数段坂になっ道を上がると、視界が一気に開けたのだ。未可流はため息をつき、表情が柔らかくなった。誰もいない山の中で、あるべき所にたどり着いたような気がした。光はまぶしかった。どうやら外は晴れていたらしい。日差しが差し込む。まだ夕方までは時間がある。そこは小さな丘のような草原になっており、小さな崖の下に川が流れていたのである。未可流は手探りで崖を降りていき、川に手を入れた。すると、思っていたよりも温かく透き通っていた。両手をゆっくりと水に浸け、手にすくった水は透明だった。正確には光が見えた。透明だからこそ色とりどりの色素が乱反射しているような光彩であった。「水」未可流はつぶやいた。「水に罪はない」未可流は思った。家の近くの海とは違う、匂いがしない。透明で、何も混ざっていない。こんなきれいな水を見たことはこれまでなかったような気がした。顔を洗った後、靴と靴下を脱ぎ、足を入れて洗った。

 


 「誰もいないんだ」未可流はそう思い、寒かったが、ズボンと下着を脱いで、裸になり、体を洗い、着てきた衣服を洗った。水を浴びて、服を乾かしている間、裸で横になった。凍るように寒かったが、なんとも気持ちがよかった。人間は古来は動物だったらしいが、そのことがとても納得できた。横になりながら川の音を聞いているうちに、1時間ほど経っていた。周りが木々で覆われていないため、日差しが差し込む。まだ夕方までは時間がある。もう少しシャツと下着を乾かそう。何しろ白紙の時間が終わった後なのだ。​この風景の中で、自分だけが人間ということにとても異質で罪深さを感じた。服を着てから少しの時間、川の水の音を聞きながら眠った。

寒気を感じ、目が覚めると当たりは夜になっていた。月が白く光っていた。横になっていた体をそのまま寝返りしようと一旦頭上を見ようとした途端、そこには少女が一人で仰向けになった未可流をじっとのぞき込んでいた。


 少女は不思議そうに未可流をじっとのぞき込んでいた。「なにをしているの?」と朦朧としている未可流に尋ねた。苦しんでうなだれている未可流に甲高い声でもう一度言った。「どうしたの?」未可流は寝ている自分にのぞき込んでいる少女が(幻覚ではなく)実際にいるということを認識し、驚いて身震いし、思わず次の瞬間うなり声を上げた。
 しかし、身体の節々が痛くうずくため、未可流は動くことができなかった。少女は硬直している未可流を優しく肯定するような表情で、「私、あなたが倒れて体が固まっていくところをずっと見てたの」と言った。特徴な話し方だった。未可流は自分の意識が朦朧としているからと思った。彼女のどことなく平板な話し方よりも、周囲の異常な寒さ、喉の渇き、それらが自分の混濁した記憶の中に割り込んで入ってきた。

「いいよ。横になってて。私の名前は土岐(とき)。あなたの名前は?」突然質問されたように驚いたが懇願するように彼女の顔を見ることが精一杯だった。

「未・可・流(み・か・る)」一語一語絞り出すように伝えた
「素敵な名前ね。いいのよ。横になってて。私はこの山の中で叔父と暮らしているの。夕方になる前に川の水を運びに来るの。この川、きれいでしょ。」未可流は少女が詩を朗読しているかのように聴いた。「川の水を運びにくるの。この川、きれいでしょ。」頭の中で反芻してから頷いた。未可流は戸惑う熊のようにうずくまっていた。土岐は未可流から目を離さず言った。「あなたはいいひと」「いいひとはあなた」未可流は顔を伏せた。まるで歌を聴いているようだった。


 未可流は、次第に何が起こったのかが理解できてきた。川を見つけ、横になって眠りについた後、発作が起こったのだ。しばらく発作はなかったので状況を把握することに時間がかかった。次の瞬間、未可流の上から雨が降ってきた。冷たく、冷たい雨だった。寒くて、身体が震えてきた。しかし、なぜか未可流には心地よかった。しばらくして状況を理解できた。「あなたは顔色が悪い。この雨はあなたから邪気を払う。清めてくれる」未可流はうずくまった姿勢で頷いた。たしかに邪気がついていたのかもしれない。そう思った。未可流はようやく自分の苦しさを具体的に感じ取ることができてきた。「喉が乾いた」短い単語で伝えることができるようになっていた。「喉が、乾いたのね。でも、この川の水はそのまま飲まない方がいい。私の叔父の家に行って、きれいな飲み水をあげる。立てる?」未可流は体をくねらせながら、肩と腕を支えにして一旦大きな石に座り、一息ついてから、ゆっくりと立ち上がった。「頭が痛い。道は行く方向にあるとは限らない。」
土岐は牛が反芻するように、「頭が、痛いのね」と言った。

​ 土岐と会話をする途中で、未可流は自分がまだ幼かった頃の記憶や、震災が起こる前のこと、荒廃した瓦礫の風景がゆがんだ時間の中に鮮明に喚起された。それは理解というよりも匂いや音、色彩の入り混ざった印象としてであった。

 未可流はそんな潮の匂いの中で育った。海の水の飛沫が太陽に当たってまぶしい。とりわけ夏が好きだった。田舎の小さな海なので、海水浴に訪れる人数も少なく、よく一人で海の波の音を聞きながら散歩した。

未可流が育った家は、比較的に恵まれた田舎の家で、海の側にあった。父親はどこの人かえらい人を家に呼んで宴会をしたり、外で遅くまで飲み歩いてほとんど早くに帰ることがなかった。母親はありったけの資金を使って習い物に行かせた。ピアノから書道、水泳、家庭教師、他にも茶道や着付けの先生を付けた。しかし、未可流はそれらに突出するようなものがなかった。飾り程度に賞を貰ったことはあったが、要するに母親が自分の手から離したいために習い事に利用しているだけなのだと未可流はどこかで感じていた。

 

 未可流は土岐に向かって、突然思い出したように語り出した。「それはほぼ強制的にやってくる。背中から石で頭を叩かれたように」

未可流は、人の営みに対し、どこかしら物哀しくなると同時に、自分の中のどこかの感覚が鈍くなって、同時にどこかの感覚が敏感になることを身体全体で感じていた。そして、「数キロ先の花の匂いを嗅ぎ分けることができる自信が今ではあるけれど、しかしそんなことが一体何になるというのだろうか」と声に出していいたかったが、声には出せなかった。

 未可流が小学校六年生の夏、宿泊行事で山間の青少年の家で、空一面に広がる宇宙ときれいな星を見て、自分と宇宙とが一体となったような全能感に興奮した。朝方まで寝られず、そのまま寝入ったと同時に発作を起こし、救急搬送された。

 担当医は母親に「てんかんの症状はこれまでにあったか」と質問した。母親は動揺しながらも「ありません」と答えた。事実、これまでに一度も、発作で倒れるなんてことはなかったのだ。「とりあえず様子を見てみることにしましょう。」ということで、脳波の波を抑える薬をもらった。 

 未可流の家も青少年の家と同じく近くに海がある。校区に海と山がある小さな町である。

 「私の住んでいる小屋へ案内するわ。そこで、暖かくして、まずは眠らないといけないと思う。だって、顔色が真っ青だし、目の下が黒くなって苦しそうだよ。しんじゃうよ」未可流は着いてきてね」未可流は頷いた。「あ、ありがとう」絞り出すように言った。「何も言わなくていいよ。苦しいでしょう。ちょっとこれから山道を登らないといけないけど、猫背になりながら、たどたどしい歩き方で菜月について行った。未可流は発作が起こってしまったことへの絶望感と、頭痛、体の痛みに耐えながら土岐が登る後を着いていった。

 途中で様々な声が聴こえてきた。それらを振り切るように歩くのだが、どうしても記憶の断片が入り込んでくるのだ。

 合宿が終わり、帰ってきてから家の中で何かが変わった。母親はどことなく落ち着きがなく、過剰に心配性になっていった。

 部活は「家に帰るのが遅くなるから」という理由で、希望する余地さえなかった。
 未可流はどんどん内向的になっていった。もともと自分から友達を作ってくだらない話をして笑ったりすることが苦手な性格だったため、休憩時間はだいたいタイミングを逃し、一人になってしまうということが増えていった。小学校の時は、そんな未可流を代弁してくれる世話好きな女の子や正義感のある男が近くに一人はいたのである。未可流は、三つの校区の小学校の卒業生が集まる比較的規模が大きな中学校に進学したため、小学校での集団は完全に分解された。

 未可流は何も答えず、息切れしながら何とか後をついて行った。所々段差があり、滑りそうな場所もあったが、来るときに通った草原までたどり着いた。「私の家はこの奥よ。もうちょっとの辛抱よ。」相変わらず平坦なで表情が分からない。しかし彼女が言うことは、正確だ。未可流はそれが伝わった。

 未可流は自分の思いを言葉にするのが得意ではなかった。もともと無口なのかもしれない。話し方や、話の合間にあるわずかな不自然さや沈黙から、話すことで表現することに半ば諦めているような所が仕草から見て取れた。

 未可流には、一般的な人たちが持っていない傾向(未可流は自分で「能力」と名付けていた)があった。「能力」と言っても、周囲に自慢できるものではなく、といって自分で満足できるものでもない。どちらかというと煩わしいものでしかなかった。

 草原の丘まで登り、さらに奥まで行くと、景色を一望できる小さな崖まで出てきた。未可流は立ち止まり、一望できる崖から景色を眺めた。
 未可流は、まだ三歳か四歳の頃、どこかの堤防に父親に連れられていったのをおぼろげに覚えていた。潮の匂いは未可流の嗅覚に強く刻まれている。父は望んでなった職業ではないように子供ながらに思っていたが、建設関係の仕事で、その会社が所有する船を休日に確認するために幼い私を連れてきたのだ。それがなんのチェックなのか幼い私には知るはずもなかったが、未可流海を見るたびに古びた双眼鏡で覗く父親の横から見た姿を思い出していた。小さな頃、特に夏は楽しかった。両親のことも好きだった。そう、その頃は世界が自分を中心に回っていた。周囲の物事を否定するような根拠はひとつもなかったのだ。小学校の始めの頃、「大きくなったらお父さんのようになってお母さんと結婚したい」などと本気で言って両親を笑わせていた。

 

 「立ち止まっちゃいけない。もう少し。歩いて」 土岐が後ろを振り返りながら言った。「景色は後よ。後でゆっくり見れるから。それより、あなたの顔色がよくない。」未可流は言われた通り歩き出した。

 中学生になり、周囲からは誤解を受けた。体育が専門の男の先生は「どうして返事をしないのか。解らんのなら解りませんと言え」と怒鳴ることがあった。それでも未可流が先生の目を見ながら何も言わないものだから「バカにしやがって」と教室の机を蹴り、教室を出て行った。 

 友達に陰湿なことをされることも多くなっていった。いつの間にか自分が弱い子をいじめるように指示したということになっていたこともあった。女の担任に会議室に呼ばれ「話せば分かるよ。未可流君」と言われたが、未可流はいつものように上手く表現できないため黙っていた。「もういいよ。じゃあ、未可流君のせいってことでいいじゃない。何も言えないってことは結局そういうことでしょ」と苛立ちながら言った。

 中学生の頃の日々はとりわけ苦しかった。しかし、この世界を生み出した原因が自分にある以上、受け入れるしかないと思っていた。

 しばらくすると草原から茂みに入って行く。草原と茂み(森と言ってもいいだろう)の境界の所木造の小屋、小屋と言っても思ったより大きな家が隠れるようにして建っていた。たった一軒、家というよりも山で落ちていた枝や木、レンガや石で作ったオブジェのようである。ある人は、茂みにほとんど隠れた小屋をただ不気味な小屋に例えるかもしれない。どちらにせよ、未可流はたどり着いたことに少し安堵の気持ちになった。

 未可流が中学生の頃のその日の帰り道、未可流を犯人に仕立てた子が仲間とつるんで待ち伏せていた。中心の子と、仲間らしい子が3人。その3人の顔はどうしても憶えられなかった。もしかすると顔がなかったのかもしれない。「お前を見てるとムカつくんだよ。だよな?」仲間も大きく頷いた。そして体中にあざができるぐらい蹴ったり殴ったりを繰り返された。水の中に何十秒も顔を浸けられた。「なあ、行こうぜ」と言って帰って行った。

 次の日、担任と目が合った。「どうしたの?心配してるよ」と言った。「ど・う・し・た・の・し・ん・ぱ・い・し・て・る・よ」未可流は小さな声でつぶやいた。廊下を歩いていると、他の先生から「よう?元気か?そういうこともあるっしょ」と明るく言われた。

 未可流は便所に行ってもう一度自分の顔を見た。緑や紫に腫れ上がってボコボコであった。「だれも僕の顔が見えないのかもしれない」と思った。

 土岐は未可流の手を取り、滑らないように、小屋へと案内した。家は当分放ったままになっているのか、かなり古びた空き家といってもいいぐらいだった。玄関らしきものはなかったが、小屋にはもちろん表札がなく、インターホンもなかった。扉は開けられていた。だれもいないのかもしれない。土岐はだまって未可流の手を取り、暗い入り口から中に入っていった。「ただいま」と彼女は言った。「ただいま?」誰かいるのか。未可流は驚きを隠せなかった。なにせ家の中は真っ暗だから。木の匂いと生活の匂いが少ししたように思えた。
木で作った入り口があり、周辺は庭園らしく仕切っていた。まるで木で造った工作の家を大きくした感じだ。木時がつぎはぎのように合わせられて作られていて、年月とともに、あるべきカタチに落ち着いたような佇まいだった。隣に小さな畑を作り、野菜を植えていた。自家栽培をして食べているようだった。こんな所に小屋があっても、見過ごしてしまうような、風化されたような小屋だった。

 未可流は人よりも、虫や鳥や自然、絵や本、音楽に興味を持つようになって育った。

 高校を卒業後、特に何もしたいことがないので、地元の地味な大学に通うことにした。電車で二時間あれば東京まで行けるし、不便を感じることはなかった。生物学部に所属し、虫や植物の研究をしながらゆっくりすごそうと思った。自宅と大学の中間地帯に安いアパートを借りて、一人で過ごすことに期待を持っていた。「もう誰からも誤解されることはない」未可流はそう思った。

 「何か食べる?いいものはないけど、芋ならあるよ。叔父さんが栽培してるの。」未可流は何かを口にすると、吐き気がし、すべてを吐いてしまううおうに思い、首を振った。

 大学三年生が終わる頃、未可流が実験室のスポイドの中の薬品を調合していた時、ふと目眩が起こった。これは未可流に特有の症状で「またか」と思い、薬品の調合に集中していた。その後、部屋全体が大きく揺れ、あちこちのビーカーやら、動物のケースが地面に落ち、次々に割れていった。自分は部屋の棚の下に入り、柱を持って身を守ったが、近くや遠くやらの部屋で女の子の悲鳴や「地震だ」という男の叫び声が聞こえた。

 

 未可流は既に急激な眠気に襲われていた。意識が朦朧としてきた。奥の小さな仕切り(部屋)に通され、土岐が敷いた毛布に横になった。菜月はコップに水を注ぎ、未可流に差し出した。未可流は飢えていた旅人のように、すぐに水を飲み干した。菜月は水をくみ入れてくれた。水道がないらしい。どうやら外の井戸からくんできてコップに注いているらしい。未可流は透明な水を横になりながら眺めた。そして口元にこぼしながら何杯も飲み干した。水は透明で冷たく、美味しかった。「美味しい」未可流は声を絞り出すように言った。菜月は「うん。」と暗がりの中で答えた。「眠りなさい。これであなたは死なない。いつまでも。心の筋道に迷わないように、私が近くにいるから、地の底に行こうと、あなたが宙に浮こうと、私は驚かないから。」 未可流は半分目を閉じ、眠りに入っていた。「ありがとう」。 そしてそのまま深い眠りについた。

 

 未可流は部屋に一人だけだったので、静かにその場から動かないように努めた。未曾有の直下型大型地震が起こり、その後に津波が来て、海沿いの家々がほぼすべて波に流された。その様子を未可流は地震がおさまった後テレビで見た。未可流の家の周辺が水の中に沈没していく様子が映し出されていた。


 「具合はどう?」いなくなったと思っていた土岐が、部屋の隅の影に座っているのが分かった。「今夜になったところよ。そのまま、眠りなさい」土岐は言った。どこから声がするのか、未可流には分からなかった。そのまま目を閉じていると、再び眠りの膜に覆われていった。

 

 モノクロの情景。遠くに自分がいて、こっちを見ている。重力を感じる。自分は宙にういているのか。これまで人の営みの上に自分が立っている。僕の両親はまだいるのか。死んだのか。両親の前はどうだったのだろう。その前は。このまま自分はどこに行くのだろう。しかしまだ死んではいけない。蝋燭の火を消してはいけない。なぜかはわからないけれど、消すわけにはいけないのだ。僕はまだ小さく、幼い。同じように幼い女の子と走りながら遊んでいる。それを大きな大人が見ている。母親だろうか。私は兄弟がいない。僕は女の子のことを知らないが、女の子は僕のことをよく知っているようだ。あと何年人類の歴史は続いていくのだろう。終わったらどうなるのか。 

 

 未可流が朝の光で覚めると、耐えられないほどの節々の痛みを感じた。体の節々がまだ環境に慣れていないのだ。自分は一度死んだのだから。
 土岐は既に起きていた。いつ寝て、いつ起きたのだろうか。と未可流は思った。
「おはよう。調子はどう?夕べは死んだように眠っていたよ」
未可流は頷いた。
「何か食べる?いいものはないけど、芋ならあるよ。叔父さんが栽培してるの。」
「ありがとう」朝の光が少し身体には厳しく、とげとげしく感じたけれど、爽快な気分も感じられた。
 未可流は焼いたサツマイモを少し手でちぎって食べた。しばらく食べていなかったことと、芋そのものの旨みが存分に出ていたのである。未可流は美味しい芋を産まれて初めて食べた気持ちになった。
「とても、おいしい」未可流がそう言った時、土岐はいなくなっているように感じた。部屋は太陽の光が入ってきているものの、逆行になり、未可流が見える部屋の様子は暗くて見えなかったのである。。
「水はほしい?」いなくなったと思っていた土岐が、部屋の隅の影に座っているのが分かった。

「叔父を紹介するね。私の叔父さん。父親ではないよ。正確にはおじいちゃんね」
 目の前に立っていることに気づいた。暗くて気づかなかったのか、未可流が病み上がりで、混乱していたからなのか、どちらかは分からない。どちらにせよ、叔父さんは静かに、物音立てず、直立していたのだ。

 叔父を紹介するね。私の叔父さん。父親ではないよ。正確にはおじいちゃんね」

 土岐は未可流の耳元で囁いた。「松下さんよ」

「松下さん。はじめまして。未可流です」未可流は、挨拶が遅れたことをわびるかのように、慌てて言った。
「何歳だ」叔父さんとは言え、もう七十歳は超えているだろう。
「二十二歳です」未可流は慌てて言った。
「ほう。ちょうど二十二か。そうか、土岐と同じだな」
そう言うと、老人は外へ出た。ドアがきしむ音がした。

大きな黒縁の眼鏡をしていた。奥から見える目の眼孔の鋭さが印象的だった。たしか、版画家の棟方志功がかけていたようなセルロイドの眼鏡だ。無骨な眼鏡の感じが妙に似合っていた。
 「叔父さんはいつも朝はこの裏の森林にキノコと野菜を取りに行くの。行ってらっしゃい」土岐が言った。

「叔父さんは、私と暮らしてからまだ数年しか経っていないの。変わった人よ。でも、とてもいい人」

未可流は、頷いた。

「しばらく、私の家、叔父さんの家だけど、泊まっていかない?まだ、顔色もよくなさそうだし、少し休んでから山を降りてもいいんじゃない?」

 

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 土岐(とき)は市営の小さな団地で育った。暗く、大きい兄がイライラしながら出かけたり、遅くに帰ったりしていた。菜月は父親が好きになれなかった。5歳の時、公園で遊んで帰ると、「今日からお前のお父さんだよ」と母親は言った。まるで新らしいパパがどこか遠い国からやってきた宇宙人のように見えた。母親は三歩(みほ)という名で宇宙人は名乗らなかった。菜月は表向きは「オトウサマ」と呼んだ。威圧的で時々夜中に激昂しているところを聞いていたからだ。ガラスが割れ、母の悲鳴が聞こえた。菜月の兄である湯都(ゆと)は、宇宙人が来た次の日に家で暴れた。大声をだして机を蹴り、机の上の食器を投げつけ、扇風機を持ち上げ誰もいないところに投げつけた。三歩は悲鳴を上げて捕まえようとするがそんな手を軽々と振り放し、押し倒した。黙っていた宇宙人が「いいかげんにせんか。はちぐりかやすぞ。」と湯都の頬を殴った。

 

一瞬さっきまでの激しい音が消えた。テレビでは地震の災害で火が町を埋めつくすような場面が映し出されていた。

 

「町は、町は、所々が燃えています。これは危険です。」アナウンサーが外に出て必死で解説していた。菜月は人形を抱きながら静かに立ったまま見ていた。麻耶と目があったが、そのままドアを開け、何も持たずに家を出ていった。 
 

 土岐は未可流の言葉を見透かしたように答えた。「あなたは、毎日寝ている時に、何かに追われ魘されているけれど、亡くなったお母さんの元に帰っていきたいんじゃないの?お母さんが亡くなる数日前なのに、みんなで設定したパーティーが・思っているようにいかず、楽しく振る舞いながら、哀しみと焦りと苛立ちを背負いながら振る舞っているかのような・表情をしているから」

 

 菜月は時々目を開いたまま眠る。そして、夢を見る。しかし、夢に恐怖し、抵抗するかのように、硬直したまま目を開いているのだ。覚醒しながらっみているのは過去の自分に降りかかってきた数々の現実の断片である。話をする時は決まってどこか途切れがちで、声の高さも一定だ。少し高い声で話す。

「私は時間が解らないの」彼女はよく口癖のように言った。

「私はたぶん小さな頃、時間を失ったの。それから、私は・ひとりぼっちになり、遠くの施設に預けられたの。私にとっては親が誰かはどうでもよかった。時々『面会に来るけど会わないか』とスタッフが言っても、ずっと断っていたわ。私は高校生になり、時々学校に行くように言われた。スタッフと担任とが連絡を取っていたのね、たぶん。でも、教室内での男子の熱気や女子のグループ行動にはうんざりしていたの。休憩時間も座りっぱなし。いい加減お尻が痛くなってきたら、授業をすっぽかして校庭の縁を歩き続けたわ。それで、いつの間にか周囲に「変な奴」と公認されて、おかげで気ままになれたの。

高校を卒業したら施設を離れて一人でどこかでひっそりと生活したいと思ったの。日雇いのアルバイトをして交通費を貯金していったの。どこか遠い所に行きたかったから。マンガ喫茶のような個室を転々として寝泊まりしねがら一年かけてやっと稼いだの。

 バイト三昧の中で彼氏もできたの。結人(ゆいと)という名で、『僕についてきなよ。君が今つらいことは分かってる。僕が助けてあげるよ。僕は君といることがエネルギーの源になるんだ』と言ったわ。仕事で私が荷物を落として中の小さな部品がこぼれて怒られてる時も、自分のことをそっちのけで助けてくれたの。そんな彼に私は少しずつ気持ちを許していったの。彼は近くで座っていても、近づいてきたりしないし、紳士的だったの。そんな彼は友達も多く、時々友達との飲み会にも連れて行ってくれたわ。『君はだまって座っていたらいいよ。僕が紹介してあげる。約束するよ。』そう言ってくれた。みんなで楽しく食べるのなんか生まれてから経験したこともなかったし、なんだか視界が明るくなってきたっていうか、少しずつ感情を外に出せるようになってきたのが自分でも分かったわ。『僕は何もできないんだ。君自身が変わったんだよ。自信を持って』土岐はそう言ってくれた。私はいつの間にか、彼を信頼し、なんでも彼に子心を許すようになって行ったの。そして・・」

 そこまで語ると、土岐は口を閉ざしてなにもしゃべれなくなった。身体が硬直し、目の瞳孔は遠くを見ていて、息苦しそうになり、しばらく呼吸を止めてから過呼吸になった。

 未可流はとっさに菜月の肩をさすって、横に倒れそうなところを抱えてあげた。できるだけリラックスできるように、ゆっくりとさすった。「無理して話さなくてもいいよ。大丈夫」何度もささやきながら。しばらくすると過呼吸も治まり硬直した身体に息吹が宿るように柔らかくなっていくのが未可流には分かった。時計を見ると夜中の二時を過ぎていた。月は明るく、白く光を放っていた。

 

の日も菜月の小屋に泊めてもらった。寒いので、朝の布を敷き、羊毛のような布を布団代わりにして寝た。叔父さんは静かに起きている様子だった。いったい何をしているのだろう。土岐が硬直した後、顔色が戻った後も声をだせなかぅた。もしかすると出せるけど出していないだけなのかもしれない。それは未可流には分からなかった。未可流は持っていた小さなメモ用紙と鉛筆を渡し菜月に書いてもらうことにした。土岐は首を振り「今はいいの」と未可流の気遣いに反応するように微笑んだ。夜になると、ランタンの火を灯して過ごすため、部屋の中心から光が広がるように照らされ、暗闇に消えていく。叔父さんが戻り、ランタンを消そうという時、菜月はメモ用紙に、何やら思い立ったように素早く書いた。その紙をちぎり、未可流に手渡した。外の月明かりに照らして見ると、どうやら住所が書かれているようだった。布団に入ってから、菜月の顔を見て「ここに行けばいいのかい」と未可流は言った。菜月は微笑んだ。暗闇の中で立って思い出したように書いたものを差し出した。

翌朝、住所を見て、未可流は山を降りる決心をした。住所には東京の番地と「つぎに来る時は川のところで鈴を鳴らして」と書いてあった。朝、果物と芋を食べる時に、菜月は鈴を未可流に手渡した。未可流は思ったよりも大きな鈴に驚いた。マグカップぐらいの大きさの古びた鈴だった。リュックに入れると、手を振って再会の約束をした。叔父さんには感謝を込めてお辞儀をした。そこには言葉がなくても何も問題がなかった。

山を下りると、津波の被害で荒れた道路や土嚢を積み込むボランティアのグループ、点検し、声をかけて回る自衛隊がいた。時々家だった場所に行き、瓦礫の中から何かを探している人や、呆然と座り込む老婆がいた。電車での移動が可能かを調べるために未可流は駅の方面に進んだ。駅までは歩いて三十分はかかる距離だが、災害の被害は少なく、電車での移動は可能な様子であった。未可流は東京方面のプラットフォームから電車に乗った。

しばらく山奥で動物のように暮らしていたためか、人工物にかこまれている状況になじむことに時間がかかった。考えてみると、人は人工物の中で忙しく生きている。同じ電車に乗っている人の表情が何を意味するのか解読することに時間がかかった。「災害への絶望感なのか、もともと表情がなにのかのどちらか以外にどんな表情があるだろう」未可流は思った。

東京へはこれまでも一人で何度か来ているので、書かれた住所の番地までたどり着くまでの電車の乗り継ぎなどについてはおよその見当がついた。その住所に行けば何があるのか。未可流が思ったのは、菜月がもともと硬直し言葉が発せなくなる症状があるため、病院へ行き、薬を買ってきてほしいということなのか、それとも、書かれた番地には何もなく「さようなら」という意味なのか。歩きながら考えたが、不安になる一方だった。未可流は山と自然の生活になじみ過ぎていたためか、未可流には土岐が必要な存在になっていたのである。それは恋なのか、自然への親近感なのか、未可流自身にも分かっていなかった。

住所の書いてある番地にたどり着くと、そこには、3階建てのちいさなビルがあった。古くからある目立たないビルだった。ビルの一階の入り口に、小さな立て看板が隅においてあった。「リスニング・テラ3F」と書かれ、地球の絵がはがきサイズに描かれていた。「リスニング?」未可流は何のことか分からなかったが、菜月が頼んだのはこのことだろうと思った。メモの住所の横に円が描かれてあったからだ。

階段を上がり、事務所らしき部屋のインターホンを押すと、奥から女性が出てきた。四十歳前後のさっぱりとした雰囲気の人だ。「仕事上、そうしているのかもしれない」未可流はそう感じた。「あなたは自分から何か相談事に来たの?悪いけど、保護者からの連絡がほしいのよ」慌てて未可流が説明しようとしたのだが、うまく説明できなかった。「僕ではありません。土岐から聞いて、来ました」はっきりと言うと、深見さなんの声のトーンが幾分柔らかくなったように思った。「菜月ちゃんを知ってるの?」未可流はゆっくりと土岐のことを説明した。山で自分が倒れている所を助けてくれたこと、山の上にある小屋に案内されたこと、話している途中で「まあ、そんなところで立っててもしんどいでしょうから、お入りなさい」と小さな面談室のような部屋に案内された。何も置かれていないシンプルな部屋だ。「私はオーナーの深見っていうんよ。せっかく来てくれたのに失礼しちゃったね」未可流は叔父に挨拶したこと、菜月が急に過呼吸になり話ができなくなったことについて話を続けた。

「そうやったの。始め未可流君を見たとき、何か相談事をしに来たんやと思ってね。すまんかったな。あ、ごめんな。うちはもともと大阪出身なんよ。こっちに移ってからは長いから、仕事では標準語にして、使い分けてるんよ。関西弁でも伝わるよね?」未可流は頷いた。深見さんは話を続けた。菜月君にはいろいろ知ってもらいたいこともあるんやけど、少し話がややこしくてな。聞きたくないんやったら別に聞く必要なんてないんよ。未可流君がしんどくなることもあるからねえ。今何歳やったっけ?」未可流は「二十二歳です。大学四年生です。できれば、聞かせてください。僕は菜月さんを好きとかどうとか、そういうのかどうかは分からないけど、今、必要としているんです。助けてくれたのも菜月さんだし、僕にできることがあれば何でもさせてほしいんです」「まあ、思春期の男の子はどんなことでも深く考え込まないほうがええ。震災にもおうてるし、うちはまず未可流君のことが心配よ。まあ、この歳になるといろいろお節介したくなるんで気にせんといてな」深見さんは未可流の顔を覗き込むようにして言った。

 リラックスした雰囲気で話ができたことに未可流はどこか安心感を憶えた。その後、深見さんに隣の部屋に案内された。扉の前にチェックの柄のついた布がつるされているせいで、隣に部屋が合ったことにも気づいていなかった。未可流はふと「ここはいったい何をする所なんだ?」と疑問に思ったが、どうやら質問する機会を失ってしまったことに気づき、自分に後悔した。

 隣の部屋に入ると、どうやら畳の部屋らしく、履いている靴を置くための靴箱があった。薄暗く、ほの暗い灯りが机から発せられていた。周囲を見渡すと、ディズニーのキャラクターや熊のぬいぐるみ等が置かれており、絵本や専門書が小さな本棚に閲覧できるように並べられていた。

 「何かのおまじないをする所か、カウンセリングのような部屋かな」と思った。不思議な光景ではあったが、そこには人として持っている醜悪の気配はなかったので、深見さんを信頼して時間の流れに身を任せた。

 薄暗い部屋に照明を上げたので周囲がぼんやりと手に取るように見えてきた。不思議と時間の感覚が感じられない。「窓もない。不思議な感覚だな」未可流は思った。

 「未可流君、これ見てくれるかな。そんな、緊張しないでもええのよ。何も考えず、身体の血を巡らせるんだよ。未可流君の身体の中の血は、固まりかけているから」深見さんに差し出されたのは五冊の古びたノートだった。横線の丈夫な大学ノートだが、無造作にめくってみると、雑然と、しかしびっくりするような文字数で所々に字が書かれていた。深見さんはゆっくりとつぶやくように言った。「これはね。全部菜月ちゃんのノートなんよ。ちょっと読んでみてくれるかな。その間ちょっと仕事が入ったのでさっきの部屋で面接をしているから。一時間ぐらい。だいじょうぶ?」未可流はゆっくりと頷いた。

改めて部屋を眺めると、どうやらカウンセリングをするための心理学的な療養のための部屋のように思えた。数少ない人形やおもちゃや本、スケッチブックや色鉛などが置かれていた。それらの配置から、幼児から大人まで、療養を必要とする人が入って、何らかのセレピーを受けるべく設定されているのだ。だから、配置した物同士が、自然に雑然と置かれているようでいて、すべて計算されているのである。その微細な設定をすべて深見さんが行っているのなら、プロの心理学に関係する人ということになる。未可流はいろいろ思い巡らせた後、ふと、目の前のノートに目をやった「そうだ。菜月が書いたノートを読まなくては」ノートの中の字は、時々殴り書きのようになっていたり、罫線に関係なく斜め書きになっていたり、逆さまから書かれていたりしたので、文意をたどっていくことが大変だった。

 ふとしたことで目にとまった部分を読み込んだ。

 「しょうねんとくま」

​いまからなんぜんねんものむかし、あるところに、おおきなくまがもりのしげみのなかにすんでいました。あるはるのひ、となりのまちにすんでいたしょうねんがきのみをかいにいきました。そのうらにはもりのいりぐちがくらくひろがっていました。しょくりょうのきのみをかったあと、しょうねんはくまとばったりであいました。しょうねんは、きのうみたゆめをおもいだしました。なくなったじいじとうみにあそびにいくゆめです。くまはびっくりしてこうふんしています。しょうねんはいいました。くまさんくまさん、どうしたの? このきのみがほしいのかい。それともぼくをたべたいのかい。こたえることができたらぼくはくまさんのいうとおりにするよ。くまはいいました。ぼくはただびっくりしただけなんだ。ぼくはそぼくでせかいがみえるきみのこころがほしいよ。しょうねんはいいました。じゃあ、ぼくがきのみをたべて、くまさんがぼくをたべればいいよ。くまがいいました。たべられるのがこわくないのかい。おうちにかえりたくはないのかい。しょうねんはいいました。かえりたいさ。ままにもあいたい。でもね。ぼくはわかるんだ。ぼくはこのままおおきくなっておとなになっても、にんげんたちのなかでいきるのがつらいってね。まいにちぱぱとまま、だいすきなばあばをみていると、なぜかかなしくなってくるんだ。そういうとしょうねんはきのみをたべ、めをつむりました。そして、うつくしいこえでさんびかをうたいました。くまはいちもくさんにしょうねんをたべつくしました。くまのめからなみだがこぼれました。

そしてすうねんご、くまはじぶんがもうなくなるとかんじたとき、つぶやきました。「たましいにはめがある。それによってのみしんりをみることができる」くまはだれにもきづかれず、しずかにつちにかえりました。​それからすうせんねんがたちました。のうぎょうをかいはつしたにんげんたちは、こうぎょうをかいはつしました。やがてせんそうがおこり、にんげんどうしがころしあいました。ねっとといわれるでじたるつうしんもうができました。いつのまにか、どうぶつたちからはことばがうしなわれました。かつてのしょうねんのこころをもったかずすくないひとからことばがうしなわれました。せかいからものがたりがきえ、ゆたかなおんがくがきえました。それでも、にんげんたちは、ひびいそがしく、しあわせにせいかつしつづけたとさ。

 

 未可流は他に断片的な文を読んでいた。すると深見さんが入ってきて「どうやった?」と質問した。

「お話や、その時の気分や、薬の摂取の記録、等、雑然とかいてあるので、説明は難しいですが、短めの物語が印象的で、でもなんだか印象がへんな感じの物語で、物語っていうか、聞いた物語を書き写したもののような・・、それらがたくさん書いてありました」と未可流は言った。深見さんは言った。「菜月ちゃんは何を思ってこの物語は何を書いていると思う?」未可流には見当も付かなかったので正直に「分かりません」と答えた。「そうだろうね。それは仕方がないことなんよ。ただ、すぐに答えを言うことはできへんので、始めから話をしていくからそれでええかな?」未可流は頷いた。「まずはここは何のための事務所で、私が何者かを話しするよ」未可流はとっさに「カウンセリング、セラピー、心理学・・」思いついた語句を並べて伝えた。深見さんは「よく分かったね。まあ、正解やな。だいたい、保護者と面談をしたりしている間や、定期的に通うリスナー、簡単に言うと、療養を必要とする人のことやね、にはこのリスニングルームに入ってもらうことにしてるんよ」深見さんは途中であくびそしながら言った。未可流は、このあくびも計算されているのかとふと思ってしまうような安堵感と緊張感を合わせ持った人柄が仕草から伝わった。

 「土岐ちゃんはねえ、ちょうど四年前に産婦人科の私の知り合いの先生から紹介されてこの事務所に来ることになったんよ。その経緯は未可流君には詳しくは言わんとくね。」未可流は頷いた。未可流は菜月が話し始めて硬直するまでの話と、深見さんの話から、だいたいのことは理解できた。それとともに、深見さんの、関西弁と標準語が入り交じったしゃべり方に未可流は不自然な中に自然な魅力を感じた。「きっと人柄は言葉づかいからは分からないのだろう」未可流は独り言を言った。

始めに菜月ちゃんがここに来たとき、きょとんとした様子だったのよ。顔を見てすぐ思ったんよ。統合失調症の傾向が強いってね。彼しかだれかしらへんけど、つらいことがきっかけだったんかもしれへんけど、幼少期からかなりのストレスにさらされてきたんやないかと。でね、ふと思ったんよ。『私で大丈夫何やろか。真剣に向かい合ってたら、私がつぶされるんやないか』ってね。こんな弱気なこと、一応、経験を積んできたって自負する臨床心理士として、思ったことはこの時が初めてなんよ。なんだか、か細く折れそうな眼差しのこの子に私の弱さやもろさを逆に見透かされているような感じになったんよ。」ここまで言ってふと我に返ったように深見さんは言った。「ごめんな。しらん間に一方的しゃべってもうて。未可流君、君は不思議な子やねえ。なんだか、こちらの気持ちをほどいていかれるような気分になるんよ。」未可流は「気にしません。もっと話してください。僕はしゃべるのが苦手です。聞かせてください」正直に言うと、深見さんは未可流の方を一瞬冷静に見てから微笑んだ。

「私は少し考えてから、覚悟したんよ。『どんなケアの方法でもいい。とにかくこの子と向き合おう』ってね。菜月ちゃん、その頃は高校生だったわねえ。そして、最初に来た日に、一つだけ約束したんよ。『最低1時間、毎日このテラへ通ってほしい』ってね。約束というか、内心私が頼んでいたの。どうしてか分からへんけどね。彼女は毎日来たわ。近くに安全なアパートも案内した。もちろん費用は全部私が出したわ。まあね、また後で言うけど、この事務所は、営利目的ではないんよ。父が事業を展開して、多額の財産をもっていて、まあね、お金には困らなかったのよ。話がそれちゃったねえ。ほんでね。毎日リスニングルームで数時間過ごして、それを繰り返したんよ。始めはリスニングルームで一人になると、混乱しちゃって大変だったんよ、抱きかかえるように、背中をさすって『大丈夫。大丈夫』ってね。それから私も一緒に入って、一緒に横に座って肩をさすってあげたわ。面談って言ってもほとんど会話なんてないんよ。数ヶ月経ってね。一人で落ち着いてリスニングルームに入れるようになった頃、私はノートを買ってきたんよ。落書きでもなんでもいい。筆談でもいい。ノートに何かを書くことが大事なんやないかってね」そこまで話して、深見さんは息を吐いた。「なあ、煙草みたいやろ?これ、エア煙草っていうんよ」とにこやかに言った。未可流も表情が緩んだ。「それからも、軽い混乱、発作があったわ。一人でリスニングルームに入れるようになってからは、週に二回はあったかな。急に叫んで、硬直し、ものを壊したり、自分を傷つけようとしたりね。まあ、リスニングルームは角やとがったものには安全なゴムマットを貼ってるから大丈夫なんよ。そのたびに始めははがいじめにするように、そして落ち着いたらそっと抱きしめて、そんな毎日やったんよ。それから何日かしてなあ、菜月ちゃんが帰った後、リスニングルームに置いてあった菜月ちゃんのノートをこっそり見てみたんよ。そしたら、驚くほどびっしり、数字や時、キーワードがバラバラに書かれていてね。ああ、少しずつ自分を出せてるんやなあって安心したんよ。その頃から話しかけたら表情が出てきたんよ。毎日彼女の表情とノートを帰った後にチェックしたんよ。それが彼女のケアの記録だったからね。ある日、いつものようにノートを見たら、奇妙なお話が書かれてたんよ。未可流君も見たやろ?なんだかヘンテコな、お話のようなものね。統合失調症の傾向から来る幻覚かと思ったんやけど、今菜月ちゃんに必要なことは、お話を通じで自分を取り戻しているんだと思ったんよ。すごいことなんよ。誰にも教えられることもないのに、自分の力で治療してんのよ。私ね、それを見たとき、私ったらね、いい歳の叔母ちゃんがね、一人でリスニングルームでいつの間にか泣いたんよ。声は出さなかったけど、涙が止まらなくてねえ・・・。ゴメンな。ちょっとトイレ行ってくるな。未可流君は大丈夫?トイレは階段を出て二階にあるからね。まあ、ちょっと休んどいてえな」深見さんは言った。未可流は「愛嬌のいい関西の叔母さんを演じているんだけど、生真面目な少女のような人だな」と思った。