KATARI

嵐を捲き起こすものは、最も静かな言葉である。 

ニーチェ『この人を見よ-いかにしてひとは自己自身となるか』

What causes a storm is the quietest word Nietzsche 

未可流は自分の思いを言葉にするのが得意ではなかった。もともと無口なのかもしれない。話し方や、話の合間にあるわずかな不自然さや沈黙から、話すことで表現することに半ば諦めているような所が仕草から見て取れた。周囲からは誤解を受けた。体育が専門の男の先生は「どうして返事をしないのか。解らんのなら解りませんと言え」と怒鳴ることがあった。それでも未可流が先生の目を見ながら何も言わないものだから「バカにしやがって」と教室の机を蹴り、教室を出て行った。

高学年になり、友達に陰湿なことをされることが多々あった。いつの間にか自分が弱い子をいじめるように指示したということになっていたこともあった。女の担任に会議室に呼ばれ「話せば分かるよ。未可流君」と言われたが、未可流はいつものように上手く表現できないため黙っていた。「もういいよ。じゃあ、未可流君のせいってことでいいじゃない。何も言えないってことは結局そういうことでしょ」と苛立ちながら言った。

 

その日の帰り道、未可流を犯人に仕立てた子が仲間とつるんで待ち伏せていた。中心の子と、仲間らしい子が3人。その3人の顔はどうしても憶えられなかった。もしかすると顔がなかったのかもしれない。「お前を見てるとムカつくんだよ。だよな?」仲間も大きく頷いた。そして体中にあざができるぐらい蹴ったり殴ったりを繰り返された。水の中に何十秒も顔を浸けられた。「なあ、行こうぜ」と言って帰って行った。

 

次の日、担任と目が合った。「どうしたの?心配してるよ」と言った。「ど・う・し・た・の・し・ん・ぱ・い・し・て・る・よ」未可流は小さな声でつぶやいた。廊下を歩いていると、他の先生から「よう?元気か?そういうこともあるっしょ」と明るく言われた。

未可流は便所に行ってもう一度自分の顔を見た。緑や紫に腫れ上がってボコボコであった。「だれも僕の顔が見えないのかもしれない」と思った。


「どこまで、見えるのか。霧なのか、空白なのか」未可流はゆっくりとつぶやいた。そしてしばらく声を失った。未可流はゆっくりとつぶやいた。そしてしばらく声を失った。沈黙が沈黙に向けて根を張るように広がっていく。未可流は赤ん坊が初めて歩き出すように恐る恐る歩いた。つたない歩き方は急に足下をすくわれ時々泥の中に埋没しそうになった。もうすぐ二月になる。身体が硬直するほど寒い。沈黙が沈黙に向けて根を張るように広がっていく。荒涼とした風景が眼前に広がっていた。

 数日前に大型地震が起こり、その後に津波が来て、海沿いの家々がほぼすべて波に流された。倒壊した家々の屋根近くまで汚れている泥水の形跡を見ると、水位がどれ位まで高くなったのかが想定される。何十年か前に災害が起こったということは未可流が小学生の頃学校で社会の時間に若い教師が言っていた。家々は泥水で全面的に倒壊し、一ヶ月前の姿は全く残っていなかった。どこが道なのかまるで解らない。

 

 避難所から数日後に来て自分の家の中に入り込んでいる泥をショベルでかき分けている人が数人いる。自分の家があったであろう所をただただ見ながら泣いている女性がいる。子供はどこにもいない。未可流は自分が住んでいた家に向かっていた。「荒廃し、方向が解らないながらも、自分が今どの位置にいるのかが身体的に確認することができた

 

 未可流は近くに海がある小さな街で育った。海の水の飛沫が太陽に当たってまぶしい。とりわけ夏が好きだった。田舎の小さな海なので、海水浴に訪れる人数も少なく、よく一人で海の波の音を聞きながら散歩した。

 未可流は、まだ三歳か四歳の頃、どこかの堤防に父親に連れられていったのをおぼろげに覚えていた。潮の匂いは未可流の嗅覚に強く刻まれている。父は望んでなった職業ではないように子供ながらに思っていたが、建設関係の仕事で、その会社が所有する船を休日に確認するために幼い私を連れてきたのだ。それがなんのチェックなのか幼い私には知るはずもなかったが、未可流海を見るたびに古びた双眼鏡で覗く父親の横から見た姿を思い出していた。 

 

 未可流には、一般的な人たちが持っていない傾向(未可流は自分で「能力」と名付けていた)があった。「能力」と言っても、周囲に自慢できるものではなく、といって自分で満足できるものでもない。どちらかというと煩わしいものでしかなかった。
 それは、未可流が小学校六年生の夏、宿泊行事で山間の青少年の家では、ほとんど来たことがなかった山で、きれいな星を見て興奮し、朝方まで寝られず、そのまま寝入ったと同時に発作を起こし、救急搬送されたことから日常の時間にゆがみが生じ始めた。

 

 菜月は市営の小さな団地で育った。暗く、大きい兄がイライラしながら出かけたり、遅くに帰ったりしていた。麻耶は父親が好きになれなかった。5歳の時、公園で遊んで帰ると、「今日からお前のお父さんだよ」と母親は言った。まるで新らしいパパがどこか遠い国からやってきた宇宙人のように見えた。母親は三歩(みほ)という名で宇宙人は名乗らなかった。麻耶は表向きは「オトウサマ」と呼んだ。威圧的で時々夜中に激昂しているところを聞いていたからだ。ガラスが割れ、母の悲鳴が聞こえた。菜月の兄である湯都(ゆと)は、宇宙人が来た次の日に家で暴れた。大声をだして机を蹴り、机の上の食器を投げつけ、扇風機を持ち上げ誰もいないところに投げつけた。三歩は悲鳴を上げて捕まえようとするがそんな手を軽々と振り放し、押し倒した。黙っていた宇宙人が「いいかげんにせんか。はちぐりかやすぞ。」と湯都の頬を殴った。

 

一瞬さっきまでの激しい音が消えた。テレビでは地震の災害で火が町を埋めつくすような場面が映し出されていた。

 

「町は、町は、所々が燃えています。これは危険です。」アナウンサーが外に出て必死で解説していた。菜月は人形を抱きながら静かに立ったまま見ていた。麻耶と目があったが、そのままドアを開け、何も持たずに家を出ていった。

 未可流は菜月に向かって、突然思い出したように語り出した。「それはほぼ強制的にやってくる。背中から石で頭を叩かれたように。大体がこうなのだ。

人の営みに対し、どこかしら物哀しくなると同時に、自分の中のどこかの感覚が鈍くなって、同時にどこかの感覚が敏感になる。例えば、数キロ先の花の匂いを嗅ぎ分けることができる自信が今ではあるけれど、しかしそんなことが一体何になるというのだろうか」

 

 菜月は未可流の言葉を見透かしたように答えた。「あなたは、毎日寝ている時に、何かに追われ魘されているけれど、亡くなったお母さんの元に帰っていきたいんじゃないの?お母さんが亡くなる数日前なのに、みんなで設定したパーティーが・思っているようにいかず、楽しく振る舞いながら、哀しみと焦りと苛立ちを背負いながら振る舞っているかのような・表情をしているから」

 

 菜月は時々目を開いたまま眠る。そして、夢を見る。しかし、夢に恐怖し、抵抗するかのように、硬直したまま目を開いているのだ。覚醒しながらっみているのは過去の自分に降りかかってきた数々の現実の断片である。話をする時は決まってどこか途切れがちで、声の高さも一定だ。少し高い声で話す。

「私は時間が解らないの」彼女はよく口癖のように言った。

「私はたぶん小さな頃、時間を失ったの。それから、私は・ひとりぼっちになり、祖父に預けられたの。祖父は・誰とも交流することがなく、変わり者と呼ばれていた。今も祖父とこの森の奥で暮らしているの」菜月は、詩を読むように話した。

「私は叔父の家に行くために、日雇いのアルバイトをして交通費を貯金していったの。マンガ喫茶のような個室を転々として寝泊まりしねがら1年かけてやっと稼いだの。叔父は出て行った父方の叔父で、周囲から「変わり者」と言われ嫌煙されていみたいだけど、私から見ると静かで紳士的な心を持った人に見えていたのよ。叔父には奥さんと大学の息子が一人いたの。奥さんは、「まあ、いらっしゃい。今日から家が明るくなるねえ。だれでもつらいときは助け合いだからね」と言った。息子の名前は土岐(とき)という名前だった。知的で紳士的な人に見えた。まるで無口な叔父とは正反対なの。「初めまして。菜月ちゃんだね。今まで大変だったね。僕も親父と二人で寂しかったんだ。僕のことを兄と思ってね。」小学生の私は、叔父に引き取られて一緒に生活するようになったの。土岐は社交的で、よく大学生仲間とデートしたり、みんなでキャンプしたりしてたの。時々私も一緒に連れて行ってもらって、紹介してくれたわ。」とても私のことを思ってくれたの。周囲の仲間の人たちも、「うらやましいな。こんな賢そうな妹ができたなんて」と言って笑ってバーベキューをした。「僕の自慢の妹だよ」土岐は私をどんどん外へ向かって連れて行ってくれたわ。ドライブに行く車の中で「土岐って呼んでもいい?」私は勇気を持って言った。「当たり前じゃないか。僕もうれしいよ」海を横切る車から、月に照らされた波が少し光っているように見えたわ。私は人というものを信じてこなかったけれど、信じられるかもしれないって、なんだかうれしかった」