日本への原子爆弾投下(にほんへのげんしばくだんとうか)は、第二次世界大戦の末期に当たる1945年8月に、アメリカ軍日本に投下した二発の原子爆弾による空爆である。人類史上初、なおかつ世界で唯一核兵器が実戦使用された例である。

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島に米軍のB29爆撃機エノラ・ゲイがウラン型原子爆弾を投下。同9日午前11時2分には、長崎にプルトニウム型原爆が投下された。その年の12月末までに、広島では約14万人、長崎では約7万4千人が亡くなったとされる。被爆者は放射線被害や差別に苦しんだ。県地域福祉課によ

嵐を捲き起こすものは、最も静かな言葉である。 

ニーチェ『この人を見よ-いかにしてひとは自己自身となるか』

What causes a storm is the quietest word Nietzsche 

 1945年8月6日午前8時15分、広島にウラン型原子爆弾が投下された。また、同日午前11時2分には、長崎にプルトニウム型原爆が投下された。広島では約14万人、長崎では約7万4千人が亡くなったとされる。原爆投下について調べて行くと、投下された人たちの悲痛な爪痕が見える。

 しかし、世界が終わる前、空の光を浴びて外で遊ぶ子供たちや、産まれたばかりの赤ん坊と母、思春期で血気盛んな中学生の男子。他にも数え切れない人が見ていた風景があった。亡くなった人が見た世界が広がっていたのである。亡くなった人が本当の意味で何を見たのか。それは未だ明かされていない。

物語における言語は、つまるところ、言語での表現を不可能にするのかもしれない。

 被害で苦しんだ人は言語を失い、どんな風景を見たのか。その世界は語り継がれる。しかし、本当に何を見たのかはもはや私たちの理解を超えている。

 ナチスの時代に挫折した原子力爆弾の再開発。「原爆の父」と言われたロバート・オッペンハイマーに纏わる謎とアメリカ政府の思惑・・・、しかし、それは世界の終わりとは何の関係もない。

人は蟻が餌を運ぶように、組織的に事実を作りそれを真実として提示する。つまり歴史は真実であると。しかし、少し考えてみれば3歳の子供でも感覚として理解しているはずである。「真実は事実の中に含まれない」と。

 話を元にもどそう。世界は終わったのか、始まったのか。戦争を知らない世代である私たちが見ることができるものは何か。

 とにかく、まずは検証しなければならないだろう。心の目でもって。

この町で二十年以上前、この町は大震災に襲われた。町の至る所に、当時の痕跡が残されていた。不自然に、早急に造られたであろう復興の形跡がそれを物語っている。

 しかし、震災の直前に、空の光を浴びて外で遊ぶ子供たちや、産まれたばかりの赤ん坊と母、思春期で血気盛んな中学生の男子。他にも数え切れない人が見ていた風景があった。大地震で亡くなった人が見た世界が広がっていたのである。津波で亡くなった人が本当の意味で何を見たのか。それは未だ明かされていない。